米国流教育と日本の教育の差
日本人はあまり議論をしない
研修における外国人の議論を客観的・冷静に見ていました。
その間ふとおもったこと。
それは、仮に、このような研修を日本で、日本人同士で、日本語で実施したら?
どうなるでのしょうか。
■ 日本人同士では、真剣にはならないでしょう
思うに、あまりまじめに取り組む人はいないのではないでしょうか。
実際に行ったことはないので、確たることはいえませんが。
どうせ研修でしょ、なんでクソまじめに議論するの?
このように、斜に構える人は少なからず居るでしょう。
少数派の人でまじめに取り組む人は居るかもしれません。
しかし、まじめすぎて、議論をするよりは、正解探しを始めるのでは、と邪推しています。
なぜこうなるかということを個人的に考えたました。
■ 正解のない教育
これも推測ですが、私が受けた研修のような、議論・ディスカッションをベースにした、正解のない教育を日本人は受けていない、それが理由で、議論が下手なのでは?
このように考えています。
具体的な例としては、ある教育者の方が以下のようなことを言っていました。
その人がアメリカの大学に留学したときの思い出を以下のように語っています。
- アメリカの大学で、憧れの教授の講義を念願かなって取ることができた。
- 毎日まじめに出席し、ノートをまじめに取った。
- いざ、試験にあたり、講義で教授が教えてくれたことを解答用紙に書いた。
- まず、間違いなく良い成績であろう、先生に褒められるのでは、と期待していた。
ただ、残念ながら、成績は悪かったそうです。
そして、教授から返された試験の解答用紙には、こう書かれていたそうです。
「あなたの意見は何ですか?」
■ 自分の意見を言うということ
その教育者の方は以下のように続けます。
- 日本の大学教育とアメリカでの大学教育の違いを感じた。
- 日本の教育では、いかに教授の授業内容を再現するかが試験の解答。
- アメリカでは、教授の授業を前提に自分の意見を述べることが必要。
- 例えば、アメリカの小学校では、冒険小説を読む授業があるとのこと。
- 冒険小説を半分読み、勇気・行動力・他者への優しさを学ぶ。
- その時点で先生が「残りの半分は自分で書きなさい」と生徒に指示する。
- 日本は、小学校から大学に至るまで、教えたことをいかに忠実に再現するかを試験する。
この教育者の方の結論は、日本でも、もっと主体的に考える教育をすべき、としています。
■ 日本の教育にもいいところはあるが、、、
誤解がないよう、補足しますが、日本の教育もいいところはあると個人的には思います。
たとえば、かけ算九九。
欧米の人は、高等教育を受けていても、掛け算の暗算が出来ない人が多いです。
一方で、「自分で主体的に考える」とか、「自分の意見を言う」。
こういう教育の機会が、日本では、あまりに少ないのでは、と思っています。
日本人は、こういう教育を受けていないので、いくら英語がしゃべれるようになっても、外国人と対等に議論ができないのでは、と思っています。
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2005年11月16日 11:46